最近の詐欺メールは一種のパターン化していて、メールを開かなくても怪しいとわかるものがほとんどである。
今、本当に恐いのは詐欺メールではなく、マルウェアを仕込んだアプリである。
アプリにマルウェアを仕込まれていてもわからない。
スマホでは、便利な無料アプリがたくさんあるので、ついインストールしたくなるが、これほど危険なことはない。
GoogleやAppleお墨付きのアプリであれば、問題ないと思うが(と言うより、OSを使う以上信用するしかない)、素性の知れないサードパーティの無料アプリがどうして信用できるのだろうか。
特に中国製は危ない。
著名なHUAWEIさえ危ないと言われているのに(政治的にであるが)、名もない中国サードパーティのアプリは、危なくて使えないと考えるのが当然であろう。
昔、メインフレームの時代は、OSのみ提供され、アプリケーションは有償であった。
従って、アプリケーションはお金を払って買うことが常識であった。
その一方、UNIXを初めとしたフリーソフトの文化が台頭し、ソフトウェア技術者は良心的な技術者によって作られたフリーソフトを便利に使っていた。
インターネットにおける標準通信プロトコルであるTCP/IPは、代表的な例であろう。
そういう中で、Windows95の出現により、色々なアプリケーションが無償でバンドルされるようになり、アプリケーションに対するユーザーの考えが変わったて来たように思う。
ちょっと話が複雑になるので、話をはしょるが、要はお金をかけて作ったものが無料であるということ自体がおかしいのである。
それには、必ず何らかの理由があるはずで、まず怪しいと疑うべきである。
また無料で得たアプリで損害を受けたとしても、何の保証もないのは当たり前であり、泣き寝入りするしかない。
ただほど高いものは無い。
我々は、その認識を強く持ち、無料のアプリは使うべきではなく、お金を出して買うべきだと思う。
本来なら、例えばAndroidであれば、それ自体がフリーの思想なので、その精神に基づいてフリーソフトがあるのは当たり前のことだと思うが、社会に浸透しすぎたゆえ、悪い輩が悪用しようと考えるのは避けることが出来ない現実である。
説明を随分省略したので雑な文章になってしまい、正確性に欠ける面があるが、ご容赦願いたい。

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